おジャ魔女ミリしらが細田守演出回を見た感想

細田守おジャ魔女どれみで演出を務めた回があるというのはかねてより聞いていて、しかもこの出来が大変に素晴らしいというのでずーっと心の隅に引っかかっていました。

 

そんな時偶然にも件の細田守演出会であるおジャ魔女どれみドッカ~ン!の第40話「どれみと魔女をやめた魔女」が無料配信されていたのを見つけたためこれはもうぜひ見なければと飛びついたわけです。

 

私はおジャ魔女どれみを知ってはいるのですが、内容は全く知りません。小さいころに見たことがあるような無いような気がしますが記憶がないのでノーカン。そのため一抹の不安はあったものの、結局は作品の内容も背景を知らずとも楽しむことはできました。ただ裏を返せばそれだけこの回が異質だったということでしょう。

 

それでは以下感想をしたためてまいります故、よしなに。

 

 

 

 

◆未来さんとの出会い

 

f:id:erie28:20201225180025p:plain



物語は主人公どれみのモノローグから始まります。

 

『不思議な人に会いました。あの人の言ったこと、私も、いつかわかる時が来るのかなぁ。』

 

これについては最後に触れますが、今回のお話を象徴する一言であると言えます。

 

さて、ここでどれみの言う不思議な人こそが、今回の最も重要な登場人物となる未来さんです。未来さんは小さなガラス工房を営むミステリアスな美人さんで、彼女もまたどれみと同じく(どれみは見習いだが)魔女であることが明かされます。ただ彼女が言うにはもう魔法を使うのはやめたのだそう。

 

f:id:erie28:20201227023550p:plain



 

どれみは未来さんにガラス作りを習います。熱したガラスに息を吹き入れながら回す。どれみのような子供には少々キツイ作業のようです。

この後もガラス作りのシーンは何度か描かれますが、描写の細かさからこだわりの強さが見て取れます。神は細部に宿るとは言いますが、今回のキーアイテムでもあるガラスはこのような描写を通して視聴者に強く意識づけられます。ただ本来の視聴者層である低年齢層には全く面白くないと思います。女児向けアニメにあるまじき精巧な描写でした。

ただどれみにとってガラス作りは大変楽しかったようで、未来さんに教えを受けながら熱心に取り組みます。そこにはガラス作りだけでなく、未来さんという人物の魅力に惹かれた部分もあるでしょう。

 

『その未来さんってのが、綺麗で素敵なんだ。それに、ちょっと不思議な雰囲気があってさ。』

 

◆魔女をやめた魔女

 

では今回のサブタイトルでもある”魔女をやめた魔女”について触れていきたいと思います。

 

上述の通り、未来さんは魔女でありますが、魔法を使う事はもうやめてしまいました。その理由が明示されることはありませんが、未来さんが魔女としてこれまでどのようにして生きてきたのかをどれみに語ります。

 

どうやら魔女は非常に長命らしく、未来さんも人には計り知れないくらいの長い時間を生きてきました。その長い人生の中で、多くの出会いもありました。ある人にはガラス作りを習い、またある人には喧嘩のやり方を習い、出会いの場所も日本から海外から様々です。

そんな中で気になった男性というのもいましたが、未来さんが彼と過ごしたのはわずか二日でした。未来さんはこれまで決して一処に留まることなく頻繁に引っ越しを続けてきたのです。

 

『旅行っていうか、引っ越しね。町から町へ、国から国へとね。すぐ引っ越しちゃう。』

 

『だって、ずっと同じとこにいてもいいじゃん。』

 

『それはね、同じ人間といると、いろいろ不都合があるからよ。』

 

不都合とはつまり人と人ならざる魔女の間に生じるギャップです。何千年もの時を過ごす魔女と、たかだか百年も生きられない人間。その間に大きな価値観の相違が生まれてしまうのは必然と言っていいでしょう。この軋轢は避けようのない悲劇であり、だからこそ未来さんは彼を好きなってしまう前に、まだ傷が浅いうちに彼の元を去ったのでした。

 

しかし数十年の時を経て、未来さんのもとに彼からの手紙が届きます。内容はベネツィアでガラス作りを学んでみないか、というものでした。未来さんはもうすぐ90歳になるという彼のために引っ越すことを決断します。そして彼女は、どれみに自らの生き方について語るのでした。

 

f:id:erie28:20201227232859p:plain



 

『彼は今、私のことを昔好きになった人の娘や孫だと思ってる。だから私も彼が昔好きだった人の、娘や孫を演じ続ける。魔女には、こんな生き方もあるのよ。わかる?』

 

『・・・わかんない。』 

 

未来さんが選んだのは、魔女として人間の世界に生きることでした。魔法を使うのをやめたとは言っていましたが、それでも長命という性質は残っていますので選択としてかなり中途半端と言えるでしょう。つまりは人と魔女の狭間に在る事を望んだのです。その意味で”魔女をやめてなお魔女として在る”というのが今回のサブタイトルの真意ではないでしょうか。

 

果たして他の選択肢があったのかは定かではありませんが、少なくとも未来さんはこの生き方を受け入れていると見ていいでしょう。もちろん魔女は人間の世界では圧倒的に少数派であるため、長い時を孤独に歩むことになります。それでも彼女がこの生き方を選んだのはそれだけ人間を愛していたということでしょう。

 

なんて言うとエモいようにも思えますが、そう手放しで感動できるようなものでもありません。

 

未来さんがこれを語る前に、どれみがそれぞれ個性のある友人たちと比べて自らのアイデンティティに悩んでいることを打ち明ける場面があります。ここでもまた未来さんの生き方を象徴する重要な言葉が告げられます。

 

f:id:erie28:20201228000450p:plain



 

『あたしだけ、どうしていいかわからなくて。何にも見えなくて。』

 

『見えなくていいじゃん。』

 

つまり彼女はもう未来を諦めているのです。魔女として生きる未来さんにとって、未来に待ち受けているのは出会いと同じ数だけの別れ。それもしばらく会えなくなるというレベルではなく、死別です。それを何百何千年という時の中で数えきれないほど経験するわけですから、もし彼女が我々人間と同様の精神の構造を持っているとしたら、その苦しみはとても計り知れるものではないでしょう。だからこそ未来さんは車窓を流れる風景をただ見送るように、過ぎ去る今と過去の中で生き続けるのです。

 

f:id:erie28:20201228003118p:plain

未来さんがこれまでに会った人々の写真。

さて場面は戻り、どれみにベネツィア行きを告げる場面。未来さんはどれみも共に来ないかと誘います。

 

『あなたは人間で、まだ魔女見習い。魔女の世界を知っているようで、実はガラスにしか見ていないようなもの。でも、もしその先を見てみたいのなら。ベネツィア、私と来る?』

 

どれみはその場で答えることが出来ません。未来さんはそんなどれみに明日必ず来るように言います。

 

『明日必ず来て。明後日じゃダメ。明日、必ず。』

 

どれみはその日の帰り道から次の日の学校まで、ずっと心あらずと言った感じでした。人としての生活も、友人も、家族も捨てて魔女として生きるのか。まだ小学生のどれみにとってその選択は非常に重く、そして残酷です。

 

それでもどれみは決断します。人ではなく、魔女として生きることを。自宅への道ではなく、未来さんのガラス工房へと続く道を駆け出します。

 

しかしそこに未来さんの姿はなく、工房の縁側には未来さんとの写真と、前日に作ったガラスのコップが置かれていました。

 

f:id:erie28:20201228010029p:plain

 

なぜ未来さんはどれみを待たずして行ってしまったのでしょうか。もしかしするとどれみへの誘いの言葉は、長い人生を孤独に歩む中で蓄積された淋しさから不意に口を衝いてしまったのかもしれません。客観的に見ても小学生相手に突きつける言葉としては非常に大人げないものであったので、未来さんもそのことに気が付いたと考えられます。

 

しかし良くも悪くも、多感な時期のどれみにとって未来さんという人物は深く刻み込まれたことと思われます。

 

◆ガラス

 最後にこのお話のキーアイテムであるガラスについて触れていきます。

 

未来さんはガラスの性質について、魔女の長命と絡めながら語っています。

 

『ガラスってね、冷えて固まっているように見えて、本当はゆっくり動いているのよ。この海の水みたいにね。』

 

『ほんと?』

 

『ただし、何十年も、何百年も、何千年もかけて、少しずつゆっくりと。あんまりゆっくりなんで、人間の目には止まっているようにしか見えないだけ。』

 

『知らなかった・・・。』

 

『でも、何千年も生きる魔女は、ガラスが動いているのを見ることが出来る。いずれ、私も、それを見る。』

 

f:id:erie28:20201228021514p:plain

 

未来さんは、ガラスを永久の象徴であるかのように語ります。ただ、彼女の言うことが間違っているわけではありませんが、多くの人が知っているようにガラスは非常に脆いものです。特にコップなんかは少しの衝撃でヒビが入ったり割れたりしてしまいますよね。

 

決して留まることなく果てしない時間をかけて変化し続ける永久性と、ふとした瞬間に壊れてしまいそうな脆さ。それはまさに長命な魔女として人の世界を生き、そしてどれみを前にして不意に弱さを見せた未来さんを象徴していると言えるでしょう。 

 

 ◆終わりに

色々と書いてきましたが、当時小さな子供だった視聴者にはなんのこっちゃわからんというのが正直な感想だったのではないでしょうか。見せ場である変身も戦闘もないどころか魔女っぽい要素はゼロだし、未来さんの言葉は意味深だし、ガラス作りも一般的な子供は毛ほども興味がないはずです。

 

それでも私はこのお話は子供向けだと思いますし、製作者もそのつもりだと思います。厳密にいえば”未来の大人たち向け”でしょうか。ここで冒頭のどれみのエピローグを思い出していただければと思いますが、今はわからなくとも、大人になった時にふと思い返してその真意に気づいてほしいというのがこのお話の狙いだったのでしょう。

 

結果として目論見は大成功だったと言えます。なぜならこのお話がおジャ魔女どれみエピソード総選挙」で第2位に選ばれているからです。この他にも何話か見てみましたが、やはりこのお話だけ雰囲気が異様です。そのために多くの子供たちの心に引っかかり、大人になってふと気づく人も多かったのではないでしょうか。

 

女児向けアニメと言えば華々しさが欠かせないわけですが、そこにこういった変化球をぶっこんであまつさえ成功させてしまったのだから、これがおジャ魔女どれみが名作たる所以であり、ついでに言えば細田守という演出家の力なのです。

 

正直予想以上の出来だったので皆さんにもぜひ見てもらいたいですね。

おジャ魔女どれみドッカ~ン!の第40話「どれみと魔女をやめた魔女」は12月31日まで無料配信中です。

youtu.be